世間じゃ残暑見舞いもそろそろ終わる頃だろう。「立秋を過ぎてもなお厳しい暑さが続いております」などという常套句が使えたのは今月半ばくらいまでで、あっという間に夜が涼しくなったような気がするのだが、気のせいか。
今までいろんなブログやら日記やら雑文やら書き散らしてきて、いい加減整理しないとと何か所かサービスを解約して、書き込む先を減らしてきたはずなのだが、現在舞台ユニット関連のブログが2つ、個人のブログがこれを含めて2つ(+1つ休止状態)、加えてSNSの日記とレコメンデーション・サービスのキーワード登録、さらにはtwitterもどきのWassrなど我ながら手を広げ過ぎである。しかも、内容が重複しているのならともかく、全部バラバラだ。おまけに一番更新が滞っているウェブサイトも管理している。何だ私は。書き込み中毒か。
これじゃ埒があかないので、再び整理したいと思う。
*個人ブログとSNSの日記をひとつに統合
→統合先:ふたつでじゅうぶんですよ
*舞台ユニットのブログの統合化
→統合先:新設(BHU17公演後作成)
いっそWebサイトも統合化しちゃってさ。WordPressあたり使ってまとめられないものかね。ちょっと考えてみよう。
久しぶりにこのブログに書き込むね。VQ1005も久しぶりにいじるね。やっぱり楽しいね、このカメラ。道路にくっつけて撮ろうって気になるもんね。
で、できあがった画はこちら(ケータイからは見られません)。これは実際に人間が見ようと思ってもなかなか見られない光景だね。アスファルトに埋まらないと。
何だろう。虫とかの視点か。すごいな、虫。こんな広大な世界をあんなちっこい身体で生きてるんだな。一寸の虫にも五分の魂というが、人間に換算したらどうなるんだろう。
一寸は約3.03cmだから、身長170cmだと56.1寸になる。一分は約0.303cmだから、五分の魂は約1.515cmだから…
「3.03cmの虫にも1.515cm(約50%)の魂」
「170cmの人にも85cmの魂」
「56.1寸の人にも280.5分(28.05寸)の魂」
ということになるのだな。ざっくり身体の半分が魂だという解釈でいいのか。いや、この「五分」は長さじゃないな。魂を長さではかるのも変だよな。重さの方だよ。一分が約375mgだから、五分で約1.875gということになる。だから、これを56.1倍すると…
「3.03cmの虫にも約1.875gの魂」
「170cmの人間にも約105.20gの魂」
というのが正しいのか。魂の重さは21グラムなんつー映画があったが、それの軽く5倍はあるじゃないか。105グラムってご飯軽く一杯よそった程度の重さじゃないか。ということはだ…
「170cmの人間にも茶碗一杯分の魂」
と表現した方がわかりやすいな。
何だろう。私は何の計算をしているんだろう。
いつの頃からか、春は苦手な季節になった。苦手というか、今ひとつ物事が上手くいかない季節とでも言おうか。花粉症なわけではない。三寒四温に弱いわけでもない。出会いと別れの季節にメランコリックになるという柄でもない。
生まれた季節は春だった。根拠はないが、生まれた季節が一番絶好調な気もするのだが、思い返してみればこの季節は今ひとつ物事が上手く運んでいないような気がする。
夏になれば「あれは気のせいだったのかもしれない」と思うほど調子が回復するのだが、またこの季節が訪れて、今ひとつ物事が上手く進まなかったりすると、ああ春だからなあ、と思うようになってしまった。
もっと眠ればいいのかな。そういう問題なのか。
「花が咲き乱れる」という表現があるが、冷静に考えてみれば「乱れて」「咲いている」わけで、それはもう花が「うへへうへへ」言いながら咲いているような絵姿を想像することになるが、今朝ようやく「咲き乱れた花」ぽい光景を見かけることができた。
これだろ。こういうのが「花が咲き乱れる」っていうことなんだろ(ごめんなさい。ケータイからはたぶん写真が見えないと思う)。それにしてもいろんな花が咲いているなあ。これ、全部春の花なんだろうか。春に咲いているから春の花だと思っているとたまに違ったりするからなあ。油断も隙もない。
奈良の時代までは「花見」と言えば梅だったらしいが、今ではすっかり桜の花見が定着している。人気スポットは瞬く間に宴会場になってしまうのが残念だが、たまにはひっそりと夜桜見物など洒落込みたいところ。
暦の上ではとっくに春を迎えているのに、心情的には桜の花を見てようやく春の訪れを感じるようになっている。そしてすぐ夏が訪れるのだ。暑いのヤだなあ。寒いよりはいいけど。
そんなジャンルがあるのかどうか知らないが、遥か昔の戯曲を用いて上演する劇団は少なくない。代表的な例はウィリアム・シェークスピアやサミュエル・ベケットやテネシー・ウィリアムズの作品など毎年のようにどこかで、しかも日本のどこかで上演されていることだろう。
普遍的な内容だからこそ上演されるというのもあるが、中には現代風にアレンジしたり、果たして「原作」と言ってよいのかわからないほど脚色しているものもあって、バラエティに富んでいる。
先日、チェーホフの一幕劇を上演している団体があったので、荻窪くんだりまで観に行ってきたのだが、これがすごかった。特に現代風にアレンジもしておらず、独特な演出をしているわけでもない。言うなれば「ストレートプレイ」と言ってしまってもいいかもしれない。ただ、普通の「ストレートプレイ」と違って、この「チェーホフ」は「チェーホフ」ではなく「チューホフ」だった。
パンフに誤字があったとか、バッタもんの作品だったとかそういうことではない。とにかく「チューホフ」だったとしか書きようがない。私欲にまみれたオリジナル作品はかつて何本か見たことあって「究極の趣味かもしれない」と思ったものだが、古典をそのまま使って私欲を満たした(ように見えた)舞台は初めて見た。驚いた。
今日は楽しいひな祭りである。男なんで昔から楽しくも何ともなかったんだが、学校の給食でひなあられが出されたりしていたので、3月3日は「ひなあられを食べる日」みたいな印象だけは残っている。最近、関東地区でも食べる人が増えた恵方巻きみたいなノリだな。
さて、3月3日は桃の節句、5月5日は端午の節句(菖蒲の節句とも言う)だが、ほかに節句はいくつあるのか。日本人なのに最近まで気にしていなかったよ。全部で5つあるんだってね。
みんな大好き百科事典 Wikipedia によると…
人日(じんじつ)
1月7日、七草
上巳(じょうし/じょうみ)
3月3日、桃の節句、雛祭り←いまここ
端午(たんご)
5月5日、菖蒲の節句
七夕(しちせき/たなばた)
7月7日、たなばた、星祭り、竹・笹
重陽(ちょうよう)
9月9日、菊の節句
もとはもっとあったみたいだけど、絞りに絞って5つになったのだとか。奇数月の月数と同じ数の日(1月を除く)になっているけど、11月11日はないのか。11月15日は七五三だけど、節句じゃないな。なんでだろう。
ちなみに国内の記念日としては11月11日は「鮭の日」「チーズの日」「ピーナッツの日」「きりたんぽの日」「もやしの日」「電池の日」「配線器具の日」「靴下の日(ペアーズデー・恋人たちの日)」「下駄の日」「サッカーの日」「折り紙の日」「宝石の日」「煙突の日」「磁気の日」だそうな。覚えやすい日は記念日も多いな。
中国へ行くと11月11日は「光棍節」と言って独身者のための記念日が最近できたそうで。何をどう祝うのかはわからんが「独り身独り身独り身独り身」で「1111」ってことらしい。日本も便乗して「独身の節句」にしちゃえばどうか。私は参加したいぞ。というか、今年の11月まで独り身っていうのもキツいけど。
とあるところで第35代アメリカ合衆国大統領のジョン・F・ケネディの大統領就任演説の一節を知った。今更だけど。
「祖国があなたに何をしてくれるかを尋ねてはなりません、あなたが祖国のために何をできるか考えて欲しい(And so, my fellow Americans, ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country.)」
ここ数年、よそのブログや公開日記を見てると、現在の自分(あるいは他人)の暮らし向きが悪いのは社会や政府の責任だとでも言いたげな内容が増えたような気がする。自分を中心に考えれば一見そうなのかもしれないけど、国民一人一人が社会を構成しているのであれば、回り回って「自分の責任」ということにはならないのだろうか。
ケネディの一節にある「祖国」を「会社」や「学校」や「地域社会」や「親兄弟」や「妻・夫・子供」や「恋人」や「友人・知人」に置き換えることはできないのだろうか。日本に古くから言われている「情けは人のためならず」ということは、そういうことではないのか。自分にとって理想的な社会にするためには、まず他人を気持ち良くさせるところから始めればいいんじゃないだろうか。
昨日今日気付いた話ではないが、改めてケネディの言葉によって再認識させられたよ。
共演の女優さんは関西出身で関東に出てきたばかりというピッチピチ(死語)の娘さん。あんまりお仕事もなくて目下修行中です、みたいなことを言っていたが、これだけの器量をもってして売れっ子にならないのはおかしい、というほどのキュートな人。案の定、ネットでお名前を検索したら(ストーカーみたいだな)関西では子供の頃からいろいろと活躍されていたようで。関東に来たからには、さらに飛躍していってほしい。
もうひとり、共演はできなかったけど控え室で一緒になった男性は、これまたユニークな経歴の持ち主。学生時代はフランスやらモロッコなどに留学しながら大使館系のお仕事を手伝っていたり、帰国したらしたで新聞記者になったり。何がきっかけで俳優の道に足を踏み入れてしまったのかまでは聞けなかったが、また機会があれば一緒にお仕事をしたいものです。
ちょっぴり驚いたのは、スタッフさんたちがみなさんイイオトコ系。朝、集合したとき、スタッフさん来てないなと勘違いしたくらい。代理店のみなさんも、どこかしらトレンディ(死語)な感じの人たちばかり。そんな現場もあるんだね。
夢のような午前中だったよ。







